科学研究費補助金 基盤研究(C) 文化財科学・博物館学 研究課題番号:25350395

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房州佐原は“小江戸”と称されるがごとく、高瀬舟やひらた舟を用いた利根川舟運における河港商業の中核として栄え、利根川支流の小野川沿いには米問屋や醸造業を営む店が多数軒を連ねた。伊能忠敬(1745-1818)の在した商家もその一角にある。佐原の町並みは、昭和49(1974)年文化庁による町並み調査を皮切りに、年を追うごとに保存の機運が高まり、平成6(1994)年には「佐原市歴史的景観条例」(現「香取市佐原地区歴史的景観条例」)の制定、「町並み保存会」が発足、平成8(1996)年「重要伝統的建造物群保存地区」(※以下「重伝建」)と記述する)に選定された経緯がある。指定地区は、忠敬橋付近を中心に小野川と香取街道沿いに展開し、伊能忠敬邸(国指定史跡)、正文堂書店店舗(県指定文化財)など伝統的建築物65棟、その他工作物(門及び塀)3基、環境物(柳並木)約700mが保存されている。さらに伝建地区以外に「景観形成地区」を設定し、建物の管理・保存が実践され、指定建築物については、保存と景観上から復元修理がなされ、往時の景観を今に伝える物となっている。なお、紀の国屋大蔵は、指定地区に隣接する「景観形成地区」に位置する。

このように当該地域における重伝建の取り組みは、既に長い歴史と官民一体となった保全活動の賜物と評価できるものであるが、全国に点在する多くの重伝建がそうであるように、町並みを形成する建物そのものの保存、つまり建築学的な視点に重きを置いた保存であることは、対象物の性質上仕方のない部分である。

しかしながら保存対象となる歴史的建造物であるそれぞれの「家」には当然今日に至るまでに異なる歴史があり、古文書や工芸品、歴史資料などの文化資材と共に今に至っていることに関しては、調査の埒外となるケースが多い。例えば、家の増改築を検証するには、その家の歴史的背景を精査する事によって、はじめて正確な改修年代や経済的事情等の客観的な事実関係が明らかになるのである。

そういった意味から、本研究は単に歴史的建造物の保存を目的とする物ではなく、建築史学・歴史学・考古学・文化財学・博物館学といった学際的な視点で、当該地域にとって重要な歴史的建造物である紀の国屋大蔵の研究を行うと同時に、その活用についても積極的に提言する事を目的としている。